この星で生きていく

宇宙意識で生きるスターシードとしての宮沢賢治

スターシード

死ぬまで、死んでも この思いは光っている

 

 

前回は宮沢賢治の『生徒諸君に寄せる』という詩、そして『農民芸術概論要綱』を紹介し、賢治が来るべき未来を予言しているかのようだというお話をしました。

今回は『生徒諸君に寄せる』『サキノハカといふ黒い花といっしょに』に登場する、研究者の間でも謎の花「サキノハカ」について、そして詩全体を貫いている賢治の意識を、宇宙意識で生きるスターシードの観点から味わってみたいと思います。

 

ここに気を付けると楽しく読めるよというポイント✴

 

space is cool


宇宙人が私たちと同じように固形的な物質のボディを持ち

金属でできた乗り物に乗っているというイメージはすっぱり捨てましょう

 

※前回の話を読んでみたいという方へ
コロナウィルスにより起こった出来事がただの健康被害ではないことがわかると思います。

肺に咲く黒い花と宮沢賢治のコロナ予言

 

 

「サキノハカ」は宇宙語かも?

サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやってくる

 

賢治の詩に出てくる「サキノハカ」という黒い花は、研究者の方たちがずっと調べているようですが、いまだに何かは不明のようです。詩が書かれた頃に階級闘争が激化しそうな時期だったため暴力の象徴であるという意見も見られますが、どうも信憑性に欠ける予感がします。

そこで今回は宮沢賢治という人をスターシードであるという視点から考えてみたいと思いました。

実際、賢治は「私はデネブから来た」という言葉を残しています。精神宇宙探索をするときには、太陽系での体験をコンプリートしてから南十字星に行き、魂のルーツである北極星を目指します(『銀河鉄道の夜』の航路ですね)

北極星がデネブの時に来たという意味なのですが、北極星は地軸の延長線にあるため時代によって変わるからこのような言い方なります。

 

・紀元前12000年頃 こと座α星(ベガ)
・紀元前3000年頃 りゅう座α星(トゥバン)
・西暦500年頃~現在 こぐま座α星(ポラリス)
・西暦4000年頃 ケフェウス座γ星(エライ)
・西暦7800年頃 ケフェウス座α星(アルデミラン)
・西暦10200年頃 はくちょう座α星(デネブ)
・西暦13500年頃 こと座α星(ベガ) ※歳差の回帰

(参照:ウィキペディア)

 

これは一部分ですが、詳しく知りたい方は北極星について調べてみてくださいね。

プレアデスのコンタクティ―として有名なリサ・ロイヤルさんはリラ(こと座)から来たと言っています。では宮沢賢治はというと、デネブは西暦10200年頃に北極星になるので、未来から来たということになります。

賢治の農業に関する記述には、蓄音機でベートーベンを聴きながらというようなことも書かれているのですが、当時の農作業は現代のものよりはるかに苛酷だったのではないかと思います。しかも東北ですから、寒さもかなりのものでしょう。その苦しい仕事を音楽を聴いて慰めていたようです。

こういった感性もそうですが、有名な『やまなし』という短編童話には、私たちが子どもの頃に教科書で読んで、意味が解らないながらも不思議にいつまでも覚えている「クラムボンはかぷかぷわらったよ」という言葉があります。

宮沢賢治という人はプレアデスをプレシオスと書いたり、独特な言語感覚の人なのですが、賢治が未来から来たスターシードなのだとしたら、“クラムボン”も“かぷかぷ”も宇宙語だということです。

 

このあたりで「……??」となる人と、「よくわからないけど、そんな気がする」という人に分かれると思うのですが、あまりに地球に馴染みすぎていると宇宙意識の世界はおそらく理解できないのだと思います。

逆に言うと、スターシードの人は「この現実は自分が知っている現実ではない気がする、なじまない」という違和感を持っていて、この違和感こそが宇宙へ意識を拡大していく鍵となります。

 

私は研究家が長い間調べて、それでもわからない「サキノハカ」という言葉はもしかしたら宇宙語なのではないかと思いました。

一般的な地球の常識では“クラムボン”も“かぷかぷ”も“サキノハカ”も、決して知ることはできなくて、逆に賢治からしたら馴染み深い故郷の言葉なのかもしれません。

 

ちなみに、『生徒諸君に寄せる』では「サキノハカといふ黒い花といっしょに 革命がやがてやって来る」の部分が消されているものや、伏字になって刊行されたものがあります。

私の手元にある『新編 宮沢賢治詩集 天沢退二郎編』では「といふ黒い花といっしょに」「革命がやがてやって」の部分が削られていました。

どうもこの詩は中学校に寄稿するため着手したものの、完成にはいたらなかったらしく、賢治のノートの裏側に赤インクで書かれていたなど……調べていると古代エジプトの謎を追うミステリーハンターみたいな気持ちになってきます。

 

ウィルスの蔓延によるパニックと、時代を根底から覆すような意識のシフトを「サキノハカ」という未来の宇宙語を用いて詩にしたとしたら、「革命がやって来るよ」と前もって教えることで時間軸汚染になるのを心配したのでしょうか?

時間軸汚染とは、リーディングする際に自分の判断で良かれと思って相手に情報を言ってしまい、その人の人生のプロセスに干渉してしまう時などに使う言葉です。

賢治はアカシックレコードに触れていたり、未来から来たこともあって、これから日本が体験する可能性のあることを知っていたのかもしれませんが、内なる平和を実践し、宇宙と響き合い、犠牲を生まない世界、格差や権力主義ではなく一人ひとりが個性を発揮して生きることができる世界を実現していくそのプロセスは、時代をつくっていく私たちを信頼して委ねられなくてはなりません。

 

 

「決せられた南の風」はどこから吹いて来るのでしょうか?

サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやって来る
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である、

 

サキノハカという黒い花といっしょにやって来る革命は、一つの送られた光線であり決せられた南の風なのだとあります。「一つの送られた光線」「決せられた南の風」とはいったい何のことでしょうか?

 

ここでオリオンとプレアデスの話を紹介します。

スターシードの世界では、地球上のあらゆる技術はチャネリングによってオリオンよりもたらされたとされています。音と波動ですべてを瞬時に作り出す、エジプトのピラミッドに使われている技術もオリオンのものです。プレアデスは調和です。多く生み、より増やすことを意図しています。

オリオンとプレアデスは人類に共通した集合意識ですが、経済を拡大させようというのはプレアデスによるものです。

経済至上主義で走ってきた人類は今、コロナウィルスの蔓延によりストップがかかっていてるわけですが、これはプレアデスの価値観が崩壊していることを意味しています。宇宙は万物照応なので、プレアデスでも意識を大きく変えようとして何かが起こっているのでしょうね。

 

この詩を読んで思い出したのですが、オリオンとプレアデスは日本では2月頃南の空に見えます。そして本格的に騒がれだしたクルーズ船は2月3日に横浜港に到着しています。

 

さすがにここまで考えると当てはめすぎなきらいはあるのですが、宇宙は何を信じるかではなく、自分が信じたものに依って展開されます。

このような発想を私が抱いたとしたなら、オリオンやプレアデス、コロナウィルスを自分の外側のものとして捉えるのではなく、自分にとってプレアデスとは何なのか、コロナウィルスの影響によって起こった出来事は何なのか、その照応物を自分の中に見出していくことが宇宙意識で生きるということです。

賢治の詩にこれだけ惹かれるというのも、詩に表れている賢治の意識に自分の中の何かを見出している、呼応している、ということなのです。

 

 

宇宙意識で生きている人とは?

Youtubeで『太田伯山』という番組を見ていたら、太田光さんが「宮沢賢治が好きなんだけど、生きている内に評価されなかったでしょ。自分はそれが嫌」という話をしていました。

生きているうちに評価されたい、というのは人間らしいですよね。

 

宮沢賢治も人間らしいところのある人ですが、宇宙意識で生きているスターシードというのは人間の本性が意識の連続体であるということを知っていて、今回の人生に捉われていません。今生も懸命に生きるのですが、賢治のように大きな理想を抱いた場合、今回の人生でそれを達成することに縛られずに自らの永遠性から表現し、思いを紡いでいきます。

人生はプロセスであり、目標の達成ではなく、意識をつないでいくものだからです。

実際に賢治の教え子たちに会うと賢治が今でも心の中で生きているかのように、瞳をキラキラさせてお話しになられるようですよ。永遠性からその人が表現したとき、誰かの中でいつまでも思いは生き続けます。

 

スターシードとは、長い時間の感覚の中で生きる人。

私に宇宙意識を教えてくれた先生は、およそ350回ある地球での輪廻転生ですら、星の意識があれば365日地球にいたんだね、というぐらいの話だと言っていました。毎日服を取り換えるぐらいの感覚で輪廻をしているのです。

宇宙意識を開発するとき、エーテル領域、アストラル領域、コーザル領域の順に意識を慣らしていくのですが、アストラル領域になるとこの世界でどう思われるかという執着がなくなります。

そしてスターシードはこの現実の領域で満たされることはありません。満たそうとしても満たされない、賢治の高い理想は究極、この現実で満たされることを追い求めていないからではないかと私は思います。この現実で満たされるものを追い求めていないということです。

 

物質にこだわらないということは、私たちを真に支えるものである「見えないもの」を確信しているということです。

自分が価値があると信じるものを、どう思われるか気にせずに追い求め、自分の純粋な意識を輝かせる人です。

 

賢治はこの地球で体験することに宇宙での体験が染み込んでいることを知っていました。

最愛の妹トシが病みゆくときも……妹を治すことはもうできなくて、せめて雪解けの水の一椀で救われるならと、癒し得ない痛みを詩にしています。賢治はカイロン(キロン)での体験が長いのかもしれません。傷ついたヒーラーを表す星です。

 

 

賢治の詩をもとに宇宙意識や精神世界について書きましたが、改めて賢治の宇宙観の素晴らしさに感動します。

宇宙について学ぶことは、人間の生きる意味を探す旅でもあり、自分を知ることです。

子どもの頃に惹かれた賢治の詩が、大人になり宇宙を探究しだしたことでさらに魅力的に感じられ、深淵な部分にも以前より触れられるようになったと思います。

その精神にもっと触れられる日が来ることの願いつつ……

 

 

新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである

風とゆききし 雲からエネルギーをとれ

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばろう

永久の未完成これ完成である

(宮沢賢治『農民芸術概論要綱』より)

 

 

 

Sitara

 

 

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