この星で生きていく

フェアリーの世界にようこそ

逆毛のフェアリー

逆毛のフェアリー

 

皆さんはフェアリー、妖精と聞いて何を感じるでしょう?

フェアリーテイル(妖精物語)が大好きだった幼い頃を思い出すかもしれません。今でもフェアリーの存在を信じているかもしれませんし、やはり子どもの頃にだけ楽しむものという考えの人もいるかもしれませんね。後者の方が多数でしょうか?

大人になってまでフェアリーの存在を信じているなんて、夢見る夢子さん的な、現実逃避の人、そのように私も思われると思って、いつしか大好きなフェアリーの世界を記憶の片隅に追いやってしまいました。

 

自分の繊細さと過敏さが増して、この世界に居場所がなかなか見つけられなかった中学生の頃、学校帰りに立ち寄っていた駅前の本屋さんで一冊の妖精の本に目が釘付けになりました。挿絵画家アーサー・ラッカムの絵が、あまりにも美しかったからです。

 

 

当時はお小遣いがなかったので、たまに母からもらうお昼代をためてその本を買いました。思えば、妖精の物語やオズの魔法使いシリーズ(当時は日本語訳で14シリーズありました)に胸をときめかせていた少女時代でした。

 

大人になり、相変わらずの生きづらさを抱え、やがて自分を知り、癒すために古代のヒーリング・テクニックや神聖な叡智と触れ合う機会を持つようになりました。アカシックレコードについて学び、宇宙意識を開発し、量子力学の世界に遊び、古代の知恵や魔術の技法を新しい現代にマッチする形で体験しました。

それは、非常に深いレベルでの力強い癒しを私にもたらし、長年慣れしたんだパターンや観念を大きく書き換えることになりました。そして、再び大好きだったフェアリーの世界を探究し、今度は私自身が「もうひとつの領域」に存在しているフェアリーとのつながりを取り戻し、フェアリー界についての基本的な知識を学ぶことになりました。

 

 

Welcome to Fairy World !

私が「フェアリーテイル」と題さなかったことには理由があります。

それは、フェアリーをおとぎ話の世界で終わらせてしまうのではなく、もうひとつの次元に存在し、レムリアの時代から共に地球という家で生きてきたつながりのある存在として紹介したかったからです。

 

フェアリーについて改めて学ぶ機会をもたらしてくれたのは、光の意識存在であるメッセンジャー・オブ・ライトをチャネリングするアニー・ボッシンハムさんです。

それはとてもワクワクする、エキサイティングな体験だったのですが、同時にショックなこともありました。

私が少女の頃、アーサー・ラッカムの挿絵でフェアリーだと信じていた存在たちの多くは、フェアリーではなくエレメンタル存在だったのです。

アニーさんは開口一番、このように言いました。

 

「フェアリーというと小さくて、背中に透明の羽があって、かわいらしい存在だと思うかもしれませんが、そのような“未熟な”フェアリーに関するイメージは捨ててください。あれは自然霊であってフェアリーではありません」

 

えっ……(;´・ω・)??!

 

アーサー・ラッカム画 水の精霊ウンディーネあの、『ウンディーネ』という水の精霊と騎士の物語の切ない美しさ、野生的で自由奔放なウンディーネが、騎士を愛し、精霊界の掟と不埒な人間の心に胸を痛め……

それを繊細なタッチで描写するアーサー・ラッカムの瑞々しい世界観に、いつまでも酔いしれていたあの思い出が、まるでなかったことになってしまったような気持ちにになったのです。

 

他の女性に心を動かした騎士は、ウンディーネと結ばれるときに誓った水界の掟にならい、ウンディーネに殺されなくてはなりません。水の娘と人間が結ばれるには、命の火が消えるまで愛し続けることを誓わなくてはならないのです。

ウンディーネの純情に比べ、人間の男はなんて不埒なのだと思いもしますが、殺しに来た水の娘の涙を「苦い」と思う騎士の心に、幼いながら惹かれていました。人の心の複雑さに……

 

 

「あの人を、涙で殺しました。殺すために、泣いたのです……」

ウンディーネの言葉は、今でも新鮮に私の中に響いています。私の永遠性を震わせたのでしょう。

だから、今ではウンディーネが水の精霊であってフェアリーでなくてもショックではないのですが、アニーさんのワークショップのあの瞬間は、やっぱりガックリとしたものでした。

 

人間の魂は、それぞれがあらかじめ設定している個性化の傾向性に従って、必要なものと出会い、体験し、環境を引き寄せます。

外側の環境に適応するための教育システムに馴染みすぎて、いつしか心の片隅に追いやってしまったフェアリーの世界。しかし、それは私にとって、この世界を生き抜くための知性や情報よりも、本当に生きる力を与えてくれる大切なものでした。

 

 

 

フェアリーと出会って友達になろう!

フェアリー界へ行こう

 

フェアリーはもともと星から来た存在、私たち人間よりも昔に地球へやって来て、今でも彼らは人間たちと同じ時間の中にいながら、まったく異なる空間を占めています。

人間とはDNAも血液も異なり、銀の長い髪を持ち、蝶のアクセサリーを好み、人間と同じ身体の大きさを持ちながら人間のように感情を抑圧したりせず、驚くほど感情表現豊かに、ダイナミックに生き、そしてマザー・アースを癒したいと思っています。

だから、アニーさんはつながりを持ったマリーファというフェアリーに、人間が地球を破壊するのフェアリーたちは怒っていると教えてもらったそうです。

そしてどうやらフェアリーの世界には、人間といっしょに地球のために魔法を起こすのが運命であると自覚しているマジシャンやドリーマーがいるそうです。まったく人間に興味のないフェアリーもいますが、それは私たち人間と同じように、それぞれ違いがあるということですね。

 

フェアリーについて学び、自らポータルを抜けてフェアリー界に行き、フェアリーたちと出会う体験をしたのはたったの2日間でしたが、このようなことを体験しました。

 

・人間とフェアリーは、すべての創造の源である無限の領域からどのように進化をし、異なる進化を遂げた理由について
・フェアリーの特質について
・人間とフェアリーとは、信念・思考・フィーリング・選択といった「原材料」の使い方がどう違うのか
・フェアリーとの関係をつくるのを邪魔するものは?
・「もうひとつの世界」とは?
・自然霊、ディーバやディーバ的なエネルギーとフェアリーの違い
・フェアリーとはどんな存在か
・日々の生活の中で、フェアリーは「無意識」の領域にどんな影響を受けるのか
・融合のマジックとは何であり、それは何故、私たちの未来にとって不可欠なのか
・なぜフェアリーと意識的に関わる必要があるのか
・フェアリー界と人間界とのポータルが閉じた理由と、今、それが再び開き始めている理由について
・新しい世界の進展における魔法の役割とは?
・フェアリーはシェイプシフト(変身)ができるが、人間はできない理由について

 

などなど、他にもたくさん教わりました。

でも、それはまた今度お伝えさせてください。なぜなら、私は今ちょうど持病の治療で入院中で、手元に詳細を記した資料がないからです。もう少し記事にするのを待っていてくださいね。

 

 

 

フェアリーとの出会いが少なくなったのはなぜ?

さて、『投影された宇宙 ホログラフィック・ユニヴァースへの招待』(マイケル・タルボット著 川瀬勝訳)に、とても面白い記述があります。

1907年、UCLAの人類学者で、宗教を研究していた学者のW・Y・エヴァンス=ヴェンツは、詩人ウィリアム・バトラー・イェーツの示唆に従い、2年間、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、コーンウォル、ブルターニュを旅し、フェアリーやその他の超自然的存在と遭遇したと言われている人々にインタビューをして回りました。

 

村から村を訪ね、たいていは年老いていたこれら頑固な信念の持ち主たちと語り合うにつれて、月明かりを浴びてそこここが輝いている草原や峡谷で彼らが出会った妖精たちは、必ずしも小柄な姿をしていたわけではないことをエヴァンス=ヴェンツは発見した。背が高く、普通の人間のように見える妖精もいたが、ひとつ違っていたのは、彼らが透明感のある光を放っており、おもしろいことに、なぜかいつも過去の時代の衣服を身につけていたことだった。

 

証言によれば、フェアリーたちは古墳や石碑、崩れかかった昔の要塞などの考古学上の遺跡やその付近に現れることが多く、人間のような姿でエリザベス朝時代の服装をしたフェアリーが狩りをしていたり、古い要塞に出入りする幽霊のような行列で現れたり、古代の教会の廃墟に立って鐘を鳴らすなどを目撃していました。

とくに妖精たちが好んだのが戦だそうです。

 

実は彼らが見た妖精と思われるものの内には、宇宙ホログラムに記録されたものであり、つまり、普通の人間が知らず知らずのうちにアカシックレコードに触れて過去視していた、というものが含まれています。

過去視ができる人は常に存在しますが、そのような能力は、過去が失われてしまうのではなく、なんらかの形で人間の知覚の届くところにまだ存在していることを示唆しています。

 

通常の宇宙観はそのような状態が存在することを許容しないが、ホログラフィック・モデル(※1)ではこれが可能だ。時の流れは絶え間ない一連の開示と包み込みの産物であるというボーム(※2)の見解は、現在が包み込まれて過去の一部となる過程で、それは存在しなくなるのではなく、単に内在秩序の宇宙倉庫の中に戻るにすぎない(※3)ことを示唆している。あるいは、ボーム自身の言葉を借りると「過去は、一種の内在秩序として現在の中に生きつづけている」(※4)

エヴァンス=ヴェンツは、彼が話を聞いた目撃者たちが妖精と解釈していたものの少なくとも一部は、実は過去に起きた出来事の一種の残像現象であるとの結論に達している「自然それ自体にも記憶というものがある」という理論を彼は展開している。「地球の大気に中には、定義不能な心霊的要素があり、すべての人間の行為、すべての物理現象はそこで撮影され、記録される。(※5)明確には説明できないある限られた条件の下では、透視能力のないごく普通の人間が、まるでスクリーンに投影される画像のように、それもしばしば映画のようなかたちでこの自然の精神記録を目にすることもありうるのだ」

※1……この世界のすべて、流れ星から回転する電子にいたるまで、ありとあらゆるものはホログラムのごとき映像にすぎず、私たちが認識する現実とはあまりにかけ離れた、文字通り、時間と空間をまったく超越したレベルからの投影であるという説
※2……デイヴィッド・ボーム。宇宙はホログラム状であるという確信を得て、素粒子の世界に斬新な視座をもたらした物理学者。
※3……内在秩序とは仏教でいう空(くう)のことであり、現象世界のすべてを生み出す源であり、人間の概念を超えたもの。
※4……アカシックリーダーが過去生をリーディングするときはこの部分にアクセスして情報を得ている
※5……アカシックレコードのこと

 

ということで、フェアリーとの出会いではない証言も多かったのですが、大変興味深いのは、エヴァンス=ヴェンツがジョン・ディーズという名の老紳士に聞いた、フェアリーとの出会いがなぜ少なくなったのかという理由です。

この老紳士はマン島(グレートブリテン島とアイルランドの間に位置する。イギリス王室属領)の住人で、何度もフェアリーを見ているそうです。そして、出会いが少なくなったのは、

 

島に教育がやって来るまでは妖精を見る人がもっと多かったね。いまじゃあ、見える人はほとんどいないよ。

 

現代教育では、フェアリーの存在を信じることなど異端視する見方も間違いなく含まれている、それは日本で教育を受けた私たちでもわかることだと思います。

戦後、外側に適応するために、経済成長を促すために画一化した人材を育てるために教育プログラムはつくられました。それを完全に悪いとは思いませんが、私たちは見えない世界と親しみ、人間がもともと持っていた能力、過去を視るなど……そういった誰もが持っていた能力をとても狭めてしまったと思います。

ものの見方が変化したことで能力が退化したのですから、私たちに秘められた膨大な可能性の中で、どれが顕在化し、どれが内在秩序に包み込まれるかを決定するのに、信念がいかに強い影響をもっているか、それを思い知らされます。

 

都会育ちの私は、夜が明るいのが普通です。ですが、物語を読むと人が住む場所にも昔は暗闇が存在して、そこには魑魅魍魎が住み、つまり、見えない世界へ通じるフィールドがあって、人間の創造力を刺激し、神隠しなども信じられていたわけです(神隠しが実際に今もあります)

 

ですが、きっと私たちはこの能力を再び取り戻す、そのような時代に突入しているのだと感じています。

 

つまり、それは本質的にいままでに起きたことすべて完璧に網羅した図書館なのであり、この目くるめく無限の宝庫に対し、さらに大がかりに、そして体系的にアクセスする方法を学ぶことは、自分自身および宇宙についての知識をこれまで夢想だにしなかったようなスケールで拡張してくれる可能性を秘めている。ボームの水晶の玉のたとえにあるように、私たちが現実を操作し、現実のものから目に見えないものへと、まるで万華鏡のようにそれを自在に変化させ、コンピュータのプログラムを呼び出すのとまったく同じ手軽さで、過去のイメージを呼び起こすことができるようになる日がいつか来るのかもしれない。だが、時間についてのホログラフィックな理解がさらに進むことによって可能になるのは、まだこれだけにとどまらないのである。
(同著/「時を超えて」より)

 

まぁ!なんてワクワクする話でしょう。

あなたもフェアリーの世界にアクセスして、友達になってみませんか?

 

 

 

フェアリーを“外のもの”として見ないこと

妖精の森 発光する茸

 

フェアリーでも、オリオンやアンドロメダでも同じですが、それらの存在とコンタクトをするときに「外側のものとして見ない」ように、気をつけなくてはなりません。

エジプトの文明は、明らかに現在の技術を用いてもつくれないものがたくさんあるのだそうですが、それは宇宙人が来てつくったというと物理的形態をもって彼らがそこに現れるのは現実における制約上、難しい、でも、古代のエジプトの人たちが意識のフォーカスをオリオンやプレアデスにあて、「向こう側の自分も同じように存在している」と認識し、意識的にコンタクトを行うことで、異なる星に意識をおきながら地球の次元を生きることができます。

つまり、アニー・ボッシンハムさんはフェアリーの世界に自分を見出し、向こう側の自分も同じレベルで存在しているという認識から、フェアリーの介入を受け入れている、ということです。

 

私はオズ・シリーズを書いたライマン・フランク・ボームも、フェアリーの世界に自分を見出せたからこそ、あれだけダイナミックに生き生きと不思議の国の冒険譚を描けたのだと思います。

山奥に住む奇妙な博士が発明した知恵の粉によって知性をもった「かかし」、本当は誰より優しく勇敢なのに赤ん坊が食べられないからと自分を弱虫だと思っている「臆病ライオン」、布切れに鉄くずとか入れただけなのに鼓動を打つハートを持っているというロマンティックな「ブリキの木こり」、植物が人間の姿のように進化をしていたり、巨人や小人が当たり前に登場したり、道がうねって生き物みたく姿をどんどん変えたり……

私はルビーのハートとエメラルドの脳を持つ「ガラスの猫」、霧のケーキを食べる虹の妖精ポリクロームが好きでしたよ。

 

美しい誘導瞑想によって、フェアリーの世界に行けたことは素晴らしい体験でした。

 

では、フェアリー界の話はまたの機会にゆずりましょう……

あなたの不思議な話もありましたら、ぜひお聞かせ下さいね。

 

 

Sitara

 

 

 

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