この星で生きていく

人生をもっと深く幸せに生き、愛する人たちを慈しむ

禅的生活のこころ

禅的生活のこころ

 

ヤバいやつは抱きしめろ

私は日ごろ、あまりブログを読みにいったりしないのですが、以前から惹かれている人がふたりいます。ひとりは依存症の専門家として最近はメディアでもよく意見を求められている精神科医の松本俊彦さん。

もうひとりはメンタルヘルス界の鬼才と呼ばれている、「説得」による危機介入を行い、適切な医療につなげる第一人者、押川剛さんです。

松本俊彦さんは最近の相次ぐ違法薬物での逮捕、その報道に関して、「厳罰主義では依存症は解決しないこと」「違法薬物で逮捕されたからといってプライバシーまで公開していいわけではない」「社会復帰ができなくなるほどのバッシングの問題性」「報道が全国で依存症に苦しんでいる人たちを刺激してしまう」……このようなことを伝えています。

2月10のBUZZFEED JAPANの記事「『ダメ。ゼッタイ。』から、『ヤバいやつは抱きしめろ』へ 孤立の病・依存症を救うには?」を読みました。

コンビニで気軽に買えるストロング系チューハイやエナジードリンクの流行がアルコールの苦手な層に新たな依存を生み出していること、違法薬物の使用は減っているが、処方薬や市販薬の乱用は増えていること、ゲーム依存の増加などを取り上げています。

こういった依存をなぜするのかというと、ストレス社会で「空想の万能感」が一瞬で得られるからです。「思うにまかせぬ人生の中で、ささやかなセルフコントロール感や空想上の万能感を得ようとしているのでしょうか」といい、依存することでより渇望感が増していると指摘します。

私も依存気質なので、よくわかります。とくに嫌なことがあったわけもなくても、一瞬の万能感のために食べ物を多く食べたり、自分をコントロールできているのが気持ちよて食事をとらなくなったり、人といるときに緊張感を紛らわせようとして強いアルコールを飲むのです。それが一瞬のまやかしでしかないとわかっても、依存するほどに「わかっていてもやめられない」という状態になります。

しかし、人は古代からトリップをもたらすような植物やアルコールを使用してきました。現代の依存の問題は、私が主である状態から、依存の対象であるものが主となり、その人の人生を導いていってしまうことです。

ところで、松本俊彦さんの「ヤバいやつは抱きしめろ」という言葉、いいなと思いました。罰が有効であるという科学的な証拠は何もなく、むしろ効果がないことが実証されてきています。規制すればさらに有害なものが生まれるのも、人間の歴史が証明しています。

だから、排除ではなく「社会の中で包みこむ」。依存症になる人たちは、依存する情けない人間なのではなく、安心して頼れる人間がいなかったからひとりで頑張ってしまった、むしろすごくガッツのある人たちです。トラウマなど深刻な問題も抱えていることが多く、そういった状態のところでさらに上から叩くような厳罰を科しても、治療や支援から阻害してしまい、治療後の社会参加も阻まれてしまいます……

生きていればいろいろなことがありますが、どのような人もふるいにかけられることなく、いつでも、何度でも、もう一度新しくやり直せる、そのような社会になっていったらいいと思います。

 

 

本当に偉大な「力」と「成功」とは何でしょうか

私たちの社会は、富、名声、仕事の成功、容姿、肩書、軍事力、政治的支配力など、非常にかぎられた定義の「力」の上に成り立っていますから、幼い頃よりそれに見合わない自分は価値がないのだと感じやすい社会です。

ほとんどの人が「力」を得ようとするのは、それは「力」があれば自分の生活をコントロールできるからで、私たちが最も欲する自由や幸福をもたらしてくれるのだと信じているからです。

ですが、そのような「力」を真実としてきた結果、たとえば2年前の新幹線殺傷事件のように、無力感や自己価値を感じられないことを含め痛みや苦しみが悲惨な暴力となって現れてしまう、そのような事も近年増加しています。

人間はもともと祝福された存在であるはずです。競争の中で安らぎもなく、奪い合う戦争の時代に生き、いつの間にかすでにそこにある喜びにも、愛にも、気づかなくなって、それを他に求め、いつまでも飢えはやみません。

より偉大な「力」とは、習慣、怖れ、失望から解放され、今この瞬間に幸せになる力です。そして、本当に意味のある成功とは、自分を変え、苦しみと怖れと怒りを変容させることです。この力は、有名無名、貧富、強弱に関わらず、誰もが持っている力です。

私もまやかしの力を欲して求めていた時期がありました。でも、そのために思考を働かせて、自分の出方を気にかけ、明日はどうなるかと心配するような生き方に疲れてしまいました。

人生をもっと深く生きて、愛するものを慈しむ……そのような生き方をしたい。本当の力である「自由」「安心」「幸福」を培っていきたい。そしてそのような心に自分があるとき、真に安らいで、力を感じていることがわかりました。

このような変容は私たち自身をためですが、やがて家族、共同体、社会、地球にとっても大切な変化となります。

 

 

私たちはどこで間違ってしまったのだろう?

押川剛さんのブログは歯に衣着せない、人間味と真摯さと、野良力と野性味と愛嬌が一体になっていて、私は人生を自分で切り開いていく力を尊敬したり、現場前のカップヌードルの話に思わず笑ったりしています。

押川剛さんの公式ブログ

崩壊した家族へ危機介入して、説得をもとに治療につなげるという仕事はまったく新しいものですが、松本俊彦さんの発言もそうですし、今までの集合意識にないことをしているので、目を引くし、押川さんのような仕事だとバッシングもかなりあります。

ですが、今はちょうど集合意識が自分たちの領域を守るために、自分たちの物差しで「異常」としてきたものを排除して安全を保ってきた、そのやり方が壊されているときです。

変化は破壊的なものなので、このような人たちが率先して破壊し、時代を変えていくのだと思います。

それにしても、私たちは数字で計られる存在ではなく、生まれついて価値がある、そのことをいつから忘れてしまったのでしょうか。他人を幸せにするには自分が幸せでなくてはなりません。だからこそ、私たちは常に、まずは自分の心と体をいたわるための練習をしなければならないし、それをしなければ自分の足元は固まりません。

そのようなことを教わらず、絶え間ないストレスの中で走り続ける生き方を続けた結果、あらゆるところにしわ寄せが出ます。

ティク・ナット・ハンはマインドフルネスを育てる重要性を説いていますが、このような言葉があります。

 

「気づきとは、今この場に全身全霊で存在し、自分の内側と外側で何が起きているかを把握することです。大切な人々やものごとに気を配るための時間は、すでにじゅうぶんにあるのです。そのすばらしさを実感し、これが自分の持つ唯一のときであることを確認しながら、一瞬一瞬を精一杯生きることができるはずなのです」

 

この瞬間に、安心して座っていられる大地に信頼を感じ、呼吸や陽の光、美しい月や宇宙の恵みで育てられた食べ物たち、快適な暮らしを守る多くの人たちの仕事、今日得たお金は誰かの尊い労働によるものだという感謝……この瞬間に、あらゆる繋がりを感じ、生きていることは当たり前なのではなく奇跡なのだと理解できたら、どのような瞬間も至福になるのではないでしょうか。

自分をじっくりと深く見つめていくとき、奥底には痛みや苦しみがあるでしょう。

痛みを見つめていくことは勇気が必要ですが、それを癒したいという願いもあると思います。そして、癒されていく旅を歩き出したなら、それは人や世界も幸せにすることにつながり、人に喜びを与えられることは自分にとっても大きな喜びとなり、それこそが培われていく真の「力」なのだと思います。

人々の苦しみを癒し、幸せをもたらすために活動している人たちに、深い感謝を送ります。

 

Sitara

 

 

オーラクレンズ、カルマクリアー、ディヴァイン・ヒーリングなどの個人セッションを行っています。

★個人セッションについてはこちらのページをご覧ください。

★メッセンジャー・オブ・ライトについてはこちらのページをご覧ください。
「光の高次元集団メッセンジャー・オブ・ライトと共同創造する聖なる愛のヒーリング」

★オーラクレンズ、カルマクリアーに関する説明はこちらをご覧ください。
「永続するヒーリングを可能にするために」

★天使、大天使、アバター、ハイヤーセルフなど高次の存在とともに行う多次元的なヒーリングは以下のページをご覧ください。
「ディヴァイン・ヒーリング・マスターキー」

★お問合せ、お申し込みはこちらのページからお願い致します。

 

 

 

関連記事一覧

  1. デヴィッド・ボウイ 最後の5年間
PAGE TOP